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「我が千葉房総田舎暮らしサポートセンター」

(株)田園生活サポートセンター 取締役
田舎暮らしアドバイザー、花信風舎主人
小橋 暢之(こはし のぶゆき)

花信風舎主人 小橋 暢之(こはし のぶゆき)

二地域居住・週末田舎暮らし
 私はまだ勤めの仕事をしていた2001年に、房総の里山地域にある長南町に花信風舎と名づけた住まいをつくり、週末に通う暮らしを始めました。田舎暮らしは、若い頃からの憧れで57歳になってようやく実現したのです。週末の金曜日に東京駅からJR外房線の特急「わかしお」に乗ると1時間弱で茂原につきます。東京駅18時発の特急は外房方面に帰る(行く)人たちで満席になります。茂原駅からバスで15分ばかり、長南町千田の家に着きます。土・日曜日は、花信風舎の畑で野菜づくりをしたり、里山の手入れをしたりして過ごします。田園の空気、鳥や蛙、蝉の鳴き声、里山の自然にふれて心身ともにリフレッシュして、月曜日の朝、再び茂原駅から職場に向かうわけです。
定住して農的生活へ
 60歳になって、長年勤めた職場を退職し、第二の職場に移ったのを機会に花信風舎に住民票を移し定住することにしました。妻はまだ勤めがあり、東京の家にいて週末に通ってきました。私も勤めの仕事がありますから、東京まで通うのです。茂原駅から東京行きの通勤快速電車が出ていて便利ですが、座席を確保するのが大変です。私は、ほとんど特急を利用していました。房総の暮らしの良さは、田舎にいて都心まで通勤ができるということです。圏央道が開通し、茂原から長南町を経由して東京・羽田・横浜方面に高速バスが運行するようになり、さらに通勤は便利になりました。 定住して始めたのが米づくりです。花信風舎の前にある田んぼが不耕作になっていました。この田んぼ7反(2100坪)を借りて稲作を始めたのです。農機具は近所の農家から譲ってもらったり、中古を買ったりして揃えました。全くの素人でしたが、地域の農家に教えてもらいながら田をつくり、稲を育て、収穫してお米にしました。地元の農業委員会に7反の農地を賃貸借した届けを提出し、それが認められて以降、私は新たな「農家」になりました。以来、家族や親類、それに友人たちの食べるお米を自給しているわけですが、食べ物の自給、これが田舎暮らしの醍醐味です。
晴耕雨読のスローライフ
 63歳になり、第二の職場をリタイアしました。続いて妻も定年退職し、花信風舎に移りました。息子たちも独り立ちの年齢になり、勤めの仕事からも解放され、毎日が自由時間になったわけです。サラリーマン時代の総労働時間は、週40時間労働とすると、大卒60歳定年で10万時間になります。リタイア後の日々の自由時間を14時間とすると20年で10万時間になるのです。このサラリーマン時代の労働時間に匹敵する貴重な自由時間をどう使うか、この選択が大事です。定年後の田舎暮らしもその選択の一つなのです。私は自然の季節の移り変わりを楽しみながら、畑や田んぼを耕す暮らしを選択しました。それが好きだから、というのも大きな理由です。「晴耕」といいますが、お日様の下で土を耕していると、身体は疲れますがとても気持ちがよいのです。自分の好きな事の価値を信じて暮らすこと、そのようなライフスタイルをお勧めしたいのです。私は、里山で暮らし始めてから、都会の友人たちへ「花信風舎だより」を送ってきました。これは私の里山での暮らしや米づくり、地元の人たちとの交流などを写真を付けて綴ったものですが、この作業は一種の「雨読」という時間に相当します。パソコンが私の机に乗るようになって、「雨読」は書物からインターネットになりました。
田園生活の楽しみ
(自然の移ろいとともに) 自然の移ろいを日常生活の中に感じながら暮らす、その楽しみこそ田園で暮らす面白さなのだと思います。都会の生活は、あまりにも自然から遠ざかりすぎました。定年後には田舎でという人たちばかりでなく、子供たちを豊かな自然の中で育てたい、という若い人たちも増えています。房総の自然は豊かで、しかも人にやさしいのです。例えば、房総では一番高い山が東京郊外の高尾山程度と、ほとんどが丘陵といえます。私の住んでいる長南町の高い山からは、東京スカイツリーが見えます。太平洋では、黒潮と親潮がぶつかり合って豊かな漁場をつくり、里山では、常緑樹と落葉樹とが混じり合って豊かな植生を生んでいます。九十九里、外房の海岸は観光地、別荘地として人気です。
(食べ物づくりで健康になる) 季節の野菜などをつくる園芸は、田園生活の大きな楽しみです。自分の庭ばかりでなく、農家の使っていない畑で作らせてもらうこともできます。無農薬・有機野菜などは、自給的園芸だからできるともいえます。園芸は食べるだけでなく、よい汗をかいて身体も健康にします。面白すぎて働きすぎる人もいます。
(多様な出会いと交流) 田園生活は、新たな出会いを生みます。一つは、地域の人たちです。地域には、みんなで清掃したり、集まりがあったり、伝統的な行事があったりします。私は、米づくりをしていることから田んぼの水利の共同作業に参加したり、集落の班長や氏子総代を引き受けて神社の行事に参加しています。こうしたことを通じて地元の人たちとの交流が深まっていきます。都会は、隣は何をする人ぞ、といった無縁社会ですが、田舎は有縁社会です。そこの地の縁につながることになるわけです。それが煩わしいというならば別荘地を選択した方がいいでしょう。もう一つの交流は、同じ地域に移住した人たちとの交流です。私たちは、首都圏などから移住した人たちと田園倶楽部というサークルをつくっていて、会員は100名を超えています。倶楽部では、竹の子採り、梅採り、夏の花火大会見物、味噌づくり、年末の餅つきなど、多彩な行事を楽しみながら移住者同士の親睦を深めています。それらを深めるか否かはその人の暮らし方によるでしょう。
新疎開のすすめ
 東日本大震災は、天災の恐ろしさを改めて教えてくれました。首都圏でもいつ大地震が発生するかわかりません。東日本大震災レベルの大地震が起きたら、首都圏は壊滅状態になると想像できます。避難所にさえ入れない被災者があふれるといわれています。職場が都心にあるとしても、住まいは安全な田舎に住み替えるか、セカンドハウスを持っておくことはイザという時の備えになります。例えば、花信風舎では、水は地下水、電気の一部は太陽光発電、ガスはプロパンで、発電機の備えもあります。食糧は、米が1年分あります。薪はいくらでもあり、炭もあります。天災は忘れたころにやってくる、といわれます。地震、洪水、津波、山崩れなど様々な天災があるのですが、房総の里山地帯はそのいずれについても心配が少ないのです。
田園生活サポートセンター
 私たちは、房総の里山暮らしの経験を活かして、首都圏から房総方面、特に私たちが住まいとする茂原・長生郡方面に移住を考えている方々へのお手伝いをしたいと思っています。土地・建物の紹介や斡旋にとどまらず、創造的なライフスタイルの実践に向けて相談にのり、アドバイスをさせていただきたいのです。田園生活サポートセンターの事業の一つとして、私たちは2012年5月に、長南町に田園カフェを開業しました。どうぞ、お気軽に田園カフェにお立ち寄りください。田園生活サポートセンターの事務所も同じ建物の中にあります。約束の土地をご一緒に探しましょう。

千葉房総田舎暮らしサポートセンターがオススメする田舎暮らし物件

千葉房総田舎暮らしサポートセンターでは、主に茂原・長生・夷隅エリアを中心に千葉房総の必見物件情報をご紹介しております。田舎暮らしを自ら体験している管理人独自の視点からのコメントは必見です。
また、できるだけ物件の情報について詳細にお伝えできるようスタッフ一同日々努力しております。
どうぞご覧下さい。

「田園カフェ」は、株式会社田園生活サポートセンターが運営しています。

田園カフェは、田園生活サポートセンターの事業の一つとして、2012年5月にオープンしました。田園カフェは、地域の憩いの場、オアシスであることを目的にしていますが、都心などから長南町を訪れる人への情報提供の場という役割も果たしています。  →詳細はこちら

営業日:毎週木曜日〜日曜日
(月、火、水曜日は定休)
住所:長生郡長南町千田1300-1
TEL:0475-47-4803